「賽は投げられた!」とは似て非なるものと思うが、朝からサイコロ(ステーキとちゃうでえ)を
振って、キャッシュフローゲームなるものを約3時間にわたってしてきた。人生ゲームみたい
だが「金持ち父さん、貧乏父さん」のベストセラー投資家作家が考案のゲームらしい。結果は
参加者5名中で最年長かつ最下位であった。悔しさとともに反射神経の鈍さを痛感したのだ。
「父親たちの星条旗」を観ておかないと次の「硫黄島からの手紙」に進めないのではないかと
思い、小雨そぼ降る紀ノ川大橋を北上してジストシネマに急行した。ノルマンディ上陸ばりの
シーンの凄まじさに否が応でも戦争の悲惨さと理不尽さを感じて寒い。ただでさえ寒いのに。
圧倒的物量作戦の裏側の戦時国債の乱発のための演出と徹底抗戦のための精神的支柱
の危うさ、が感想か?敵は内にあったり、味方に撃たれたりするのが戦争なのだとすれば、
決して未来永劫に「あってはならないこと」なのだろう。硫黄島でなくても不毛だけが残る。
「面目丸つぶれー」「ガビーン!」は、どおくまんの「嗚呼、花の応援団」で昔学習したはずだ。
近しく親しく応援してる人がそんな状態にある時、どんなに声を掛けたらいいものだろうか?
ピンチはチャンス?なるようにしかならん!賽は投げられたり、投げたりする?でどうだろう?